2022年8月、天然ガス価格が10ドルを突破した。14年ぶりの高値だ。
同じ月、EURUSDはパリティ(1.0)を割り込んだ。 20年ぶりの安値だ。
これは偶然ではない。8年分・2,210本の日足データを分析すると、天然ガスとユーロの間には、多くのトレーダーが見落としている明確な因果関係がある。
天然ガス8年の全体像
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 分析期間 | 2018年〜2026年(8年間) |
| データ本数 | 2,210日分 |
| 史上最高値(期間中) | 10.03ドル(2022年8月) |
| 史上最安値(期間中) | 1.44ドル(2020年6月) |
| 現在値 | 約3.5ドル(2026年3月) |
| 平均値 | 約3.2ドル |
天然ガスは原油以上にボラティリティが高い。最安値から最高値まで約7倍の変動幅だ。
2022年欧州エネルギー危機の全貌
ロシアのガス供給削減タイムライン
| 日付 | 出来事 | 天然ガス価格 | EURUSD |
|---|---|---|---|
| 2022年2月24日 | ロシアがウクライナ侵攻 | 4.50ドル | 1.1200 |
| 2022年3月 | EU、ロシア産石炭の禁輸を検討 | 5.50ドル | 1.1000 |
| 2022年4月 | ロシア、ポーランド・ブルガリアへのガス停止 | 6.80ドル | 1.0500 |
| 2022年5月 | フィンランドへのガス供給も停止 | 8.00ドル | 1.0700 |
| 2022年6月 | ノルドストリーム1の供給量を40%に削減 | 6.50ドル | 1.0500 |
| 2022年7月 | ノルドストリーム1を「メンテナンス」で停止 | 8.50ドル | 1.0100 |
| 2022年8月 | 天然ガス10ドル突破 | 10.03ドル | 0.9950 |
| 2022年9月 | ノルドストリーム1&2が爆破される | 7.80ドル | 0.9535 |
| 2022年10月 | 欧州が代替調達を加速 | 5.50ドル | 0.9800 |
| 2022年12月 | 暖冬で需要減、在庫十分 | 4.50ドル | 1.0700 |
天然ガスのピーク(8月)とユーロの底値(9月)はほぼ一致している。 これは因果関係だ。
なぜ天然ガス高がユーロ安を招くのか
| メカニズム | 解説 |
|---|---|
| 貿易赤字の拡大 | ガス輸入コスト増→ユーロ圏の貿易赤字拡大→ユーロ売り |
| 製造業コスト増 | エネルギーコスト上昇→ドイツの製造業が打撃→GDP下押し |
| ECBのジレンマ | インフレ対策で利上げしたいが、景気悪化で利上げしにくい |
| スタグフレーション懸念 | インフレ+景気後退の最悪シナリオ→ユーロ売り |
| ドルへの資金逃避 | エネルギー安全保障の不安→ドル買い→ユーロ売り |
ドイツはGDPの約3%をロシアからの天然ガスに依存していた。この構造的な脆弱性が、2022年に一気に顕在化した。
天然ガスとEURUSDの相関データ
| 期間 | 天然ガスの動き | EURUSDの動き | 相関係数 |
|---|---|---|---|
| 2018-2019年 | 2.5〜4.8ドル | 1.12〜1.18 | -0.15(弱い) |
| 2020年 | 1.4〜3.4ドル | 1.07〜1.23 | -0.10(ほぼ無相関) |
| 2021年 | 2.5〜6.5ドル | 1.12〜1.23 | -0.28(やや逆相関) |
| 2022年 | 3.5〜10.0ドル | 0.95〜1.15 | -0.65(強い逆相関) |
| 2023年 | 2.0〜3.8ドル | 1.05〜1.13 | -0.20(弱い) |
| 2024-2026年 | 2.5〜4.5ドル | 1.03〜1.12 | -0.18(弱い) |
平時の相関は弱い。しかし、危機時(2022年)には-0.65の強い逆相関が発生した。
これが天然ガスとユーロの「知られざる関係」の本質だ。普段は見えないが、危機になると突然、強烈な因果関係が顕在化する。
EURJPYへの影響
天然ガス高はEURJPYにも独特の影響を与えた。
| 要因 | ユーロへの影響 | 円への影響 | EURJPY |
|---|---|---|---|
| ガス価格高騰 | ユーロ安 | 円安(エネルギー輸入増) | 方向不定 |
| FRB利上げ | — | 円安 | 上昇圧力 |
| ECB利上げ | ユーロ高 | — | 上昇圧力 |
| リスクオフ | ユーロ安 | 円高 | 下落圧力 |
2022年のEURJPYの推移を見てみよう。
| 時期 | EURJPY | 状況 |
|---|---|---|
| 2022年1月 | 130円 | ガス問題はまだ本格化せず |
| 2022年3月 | 137円 | 侵攻→円安が優勢 |
| 2022年6月 | 144円 | 日銀動かず→円安加速 |
| 2022年9月 | 139円 | ユーロ安が追いつく |
| 2022年12月 | 140円 | 日銀YCC修正でやや円高 |
結果的にEURJPYは「レンジ」だった。 ユーロ安と円安が相殺し合ったためだ。これは、天然ガス高がユーロと円の「両方に」ネガティブだったことを意味する。
天然ガスの季節性
天然ガスには、原油以上に明確な季節パターンがある。
| 月 | 平均騰落率 | 傾向 | 理由 |
|---|---|---|---|
| 1月 | +3.2% | 強い | 冬の暖房需要ピーク |
| 2月 | +1.8% | 強い | 寒波リスク |
| 3月 | -2.5% | 弱い | 暖房シーズン終了 |
| 4月 | -4.1% | 最弱 | 需要の谷 |
| 5月 | -1.5% | 弱い | 在庫積み増し期 |
| 6月 | +0.8% | ニュートラル | 冷房需要が出始め |
| 7月 | +2.1% | やや強い | 猛暑時に冷房需要 |
| 8月 | +1.5% | やや強い | 冷房+冬に向けた買い |
| 9月 | -0.5% | ニュートラル | 端境期 |
| 10月 | +2.8% | 強い | 冬に向けた投機買い |
| 11月 | +1.2% | やや強い | 暖房シーズン開始 |
| 12月 | +2.5% | 強い | 寒波リスクプレミアム |
冬(10〜2月)に上がり、春(3〜5月)に下がる。 これは暖房需要に直結した、極めて論理的な季節性だ。
季節性を使ったトレード発想
| 時期 | 戦略 | ロジック |
|---|---|---|
| 10月 | 天然ガス ロング | 冬に向けた需要増を先取り |
| 3月 | 天然ガス ショート | 暖房需要の終了 |
| 10-12月(ガス上昇時) | EURUSD ショートを検討 | ガス高→ユーロ安の連動 |
ただし、2022年のような極端な地政学イベントがない平時は、季節性のトレードは収益が限定的だ。
ノルドストリーム爆破の衝撃
2022年9月26日、バルト海の海底パイプライン「ノルドストリーム1」と「ノルドストリーム2」で爆発が確認された。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発生日 | 2022年9月26日 |
| 場所 | バルト海(デンマーク・スウェーデン沖) |
| 被害 | パイプライン4本中3本が損傷 |
| ガス漏洩 | 大量のメタンガスが海中に噴出 |
| 犯人 | 未確定(ロシア、ウクライナ、米国など複数の説) |
この事件により、ロシアから欧州への天然ガスパイプラインは事実上使用不能となった。
市場への影響は逆説的だった。
| 指標 | 爆破前 | 爆破後1週間 | 理由 |
|---|---|---|---|
| 天然ガス | 7.80ドル | 6.80ドル | 「もうロシアからは来ない」→不確実性の解消 |
| EURUSD | 0.9600 | 0.9800 | 最悪シナリオの織り込み完了 |
悪材料の確定は、むしろ相場を安定させた。 「もうこれ以上悪くならない」という安心感が生まれたのだ。
欧州のロシア依存脱却
2022年の危機を経て、欧州のエネルギー地図は激変した。
| 指標 | 2021年 | 2023年 | 2025年(推定) |
|---|---|---|---|
| ロシア産ガスの割合 | 40% | 15% | 8% |
| LNG輸入量 | 80bcm | 120bcm | 135bcm |
| 再生可能エネルギー比率 | 22% | 27% | 33% |
| ガス備蓄率(11月時点) | 77% | 99% | 95% |
欧州はわずか2年でロシア依存を40%→8%に下げた。 代わりにLNG(主に米国・カタール産)の輸入を大幅に増やし、再エネの導入も加速した。
今後のリスクシナリオ
| シナリオ | 確率 | 天然ガス | EURUSD |
|---|---|---|---|
| 現状維持(LNG調達安定) | 50% | 2.5〜4ドル | 1.05〜1.12 |
| 中東有事(カタールLNG途絶) | 15% | 6〜8ドル | 1.00〜1.05 |
| 極寒の冬(需要急増) | 20% | 5〜7ドル | 1.02〜1.08 |
| ロシアとの関係改善 | 10% | 2〜3ドル | 1.10〜1.18 |
| LNGインフラ事故 | 5% | 7〜10ドル | 0.95〜1.02 |
欧州のロシア依存脱却は進んでいるが、LNG調達に依存するリスクは新たに生まれている。カタール有事やLNGターミナルの事故があれば、2022年の再来もあり得る。
まとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 天然ガス高→ユーロ安 | 危機時に-0.65の強い逆相関 |
| 平時の相関 | 弱い(-0.15程度) |
| 季節性 | 冬に上昇、春に下落 |
| 2022年の教訓 | エネルギー依存は通貨リスク |
| 今後の注目点 | LNG調達リスク、中東情勢 |
天然ガスは、多くのFXトレーダーの視界に入っていない。しかし2022年は、天然ガスを見ていたトレーダーだけが、ユーロの暴落を予見できた。 次のエネルギー危機がいつ来るかは分からないが、天然ガス価格をウォッチリストに入れておく価値は十分にある。